私的東海道五十三次 日本橋〜品川宿 その42020/09/06


 大門からさらに南へ進むと金杉橋に来る。ここはアニメファンには押井守が何度か作品のモチーフに用いた場所としても知られている場所である。

金杉橋

 ここの船は何年経っても減らないように見えるのだ。横浜元町の中村川とは対照的である、いずれも高速道路の高架下の河川なのであるが。
 どこで読んだか忘れたが、このエリアは戦後のしばらく時期にスラム街だったこともあるようである。確かに港区にしては小さい建物が多く、まれに木造戸建ても建っているエリアなのである。

田町駅前住宅

 田町駅のすぐ隣という超好立地に立つUR田町駅前住宅である。出入り口が閉鎖されていたので建て替えのようだ。都心のUR賃貸ではたぶん唯一の昭和40年代の物件だったはずで、日本のユニテとも呼ばれていた建物である。
 家賃は異様に安く、20年前は3万円台から借りられたように思う。興味があって内部を見学したが、コンクリート床の共用廊下に並んだ鉄扉や、清潔なのに不思議な湿り気のある空気感は今でも思い出すことができる。結局住むことは無かったのだが。

霞ヶ浦ゴルフ

 札の辻交差点に1件の古家がある。霞ヶ浦のゴルフ場に関連する会社の社屋で、自分の記憶では25年前にはすでに年季の入った建物であったが、ある時期から緑のネットがかけられるようになった。札の辻交差点は整備が進んで建物が建て替えられていったが、この建物だけが昔から変わらないのだ。ただ、みるたびに建物の傾斜が増しているように見えるのが心配である。

本日のスペック
体重78.3kg (+1.3kg)
BMI 27.6 (+0.5)
体脂25.7% (+4.3%)
筋肉55.2kg (-2.2kg)

私的東海道五十三次 日本橋〜品川宿 その52020/09/07


 札の辻といえば思い出すことがあるのだ。
 札の辻交差点にはずっと横断歩道がなく歩行者は歩道橋を利用していた。しかし自転車はどうするのか分からなかったのだ。近年は自転車が車道を走ることもかなり認知されているが、当時はそんなことはなく、大型車がバンバン通る札の辻交差点の車道を自転車で渡るのは本当に命がけに思えたのだ。

 しかしある時、自転車の人が反対側に行っている様子が伺えたのだ。よく観察してみると地下道のような道が傍に存在していたのだ。それがこの道である。

札の辻橋の側道

 自分がここを通るのはまだ日が登っていない早朝だったので、このトンネルのような側道も真っ暗だったのだ。しかもこの側道の上を超えている札の辻橋が架け変わる前でもっと古めかしく、さらに数軒の木造バラックが並んでいたと記憶している。鉄分のある人なら鶴見線の国道駅といえば伝わるかもしれないが、それに似た雰囲気がこんな場所に最近まであったのである。

高輪大木戸跡

 高輪の大木戸跡である。説明はWikipediaに詳しいので省くが、国道沿いに拡幅されずよく残っているなと感慨深いのである。

高輪ゲートウェイ駅

 暫定開業した高輪ゲートウェイ駅である。
 暫定開業したのはもちろんオリンピックに向けてだと思われるが、延期になっている現在、中途半端すぎる状態だと正直に思う。駅名もやはりまだしっくりこないのだ。

ときどきズドーンと落ちる2020/09/08


 今日は朝8時前からジムで軽く走って調子がいいなと思ったら、ジムからの帰宅後にズドーンと気持ちが落ちてしまったのだ。そして強烈な頭痛。
 頭痛薬を飲んでしばし横になる。

 思い返せば昨日は不思議と調子がよくて、一日じゅう雑多な作業をしていたのだが、そんな日の翌日はダメなんだなと。

 気持ちのアップダウンをなんとか整えていきたいものである。

私的東海道五十三次 日本橋〜品川宿 その62020/09/09


 品川駅はJRの駅でもとくに主要な駅なのに、主要国道に沿って駅舎がある(バスロータリーがない)のがとても珍しいのである。

品川駅

 写真はちょっとハイパス処理を強くしすぎておどろおどろしいが、実際天気はかなり悪い。
 左側はJR品川駅で、正面の看板が乗っているのが京急の駅ビルである。京急の駅ビルに入る京急百貨店は今春に閉店し建て替えが近いことを示している。
 こういった低くて大きい駅舎はだんだんと珍しくなってきているので、とくにJRの駅舎は長らく残ってくれたら個人的には嬉しいのである。

八ツ山橋

 品川駅の南に進むと八ツ山橋(やつやまばし)がある。ちょうど185系が通過しているが、これだけをみると自分が子供の頃とまったく変わらないのだ。ただ、国鉄時代から永く活躍した185系もついに置き換えが始まり、風景も少しずつ変化してくる。185系のグリーンのストライプはとても子供心にスタイリッシュに見えたものだ。

品川宿の入り口

 八ツ山橋からは東海道が旧道として第一京浜と別れるのである。
 やはり街道といえばこれくらいの道幅が気分を盛り上げてくれるのは間違いない。今回の旅はとりあえずここまでにしようと思うので北品川駅に足を進めていこう。

北品川駅とこの路

 北品川駅の入り口である。品川駅とは対照的なミニ駅で、利用客の多くを女子高生が占めている。この写真を撮るときに入り口に並んでレトロな喫茶店があることに気がついた。「この路」という名前もとてもしゃれている。今日は汗だくなので入店は遠慮したいが、再訪して入店したいものだ。

私的東海道五十三次 品川宿〜川崎宿 その12020/09/10


 さて、私的東海道五十三次も品川宿から再開である。

品川駅再

 はじめに今回の反省なのだが距離はおおむね12km弱だったようだ。これを3時間ほどで踏破したが、途中水分補給で500mlの飲料を4本消費してしまった。この日は湿度も高く不快指数が高かったこともあるがこれはちょっと旅行のコスパが悪い。次回からは凍らせた飲料を持参することにしよう。

北品川駅付近

 品川宿からしばらくの間、東海道は旧東海道と呼ばれる比較的細い道となる。これは歩きやすい。道路舗装がアスファルトではなく丁寧に仕上げられているのも旅情をそそるのである。

面白いオブジェ

 北品川駅から新馬場駅に至る途中におもしろいオブジェをもつ建物を見かけた。ビルはアルミのスパン取れるを持つ昭和40年感が満載だが前面の空地に不思議なオブジェが配置されているのである。
 面白いもので建物とのミスマッチ感は非常に目を引く。しかし、これが長い歴史を持つ旧東海道に面して計画される意図とはなんなのだろうかと考えさせられるのである。むしろ次の写真のような、

銅板貼りの看板建築

こんな看板建築に魅力を感じるのである。
 しかし、ふと思ったのだ。この銅板貼りの看板建築は昭和初期の建築と想像されるが、当時はまだ出し桁造りの建築が並んでいたのだろう、その中でこの銅板貼りの看板建築は前述のおもしろいオブジェと同じような違和感をかもしていなかっただろうか。
 今となっては当時の姿を想像することしかできないが、このように早い頻度で建て替えが進むこと自体が東京の風景なのかもしれない。

本日のスペック
体重77.0kg (-1.3kg)
BMI 27.1 (-0.5)
体脂23.6% (-2.1%)
筋肉55.8kg (+0.6kg)