2021新年 ― 2021/01/01
お正月、つまり新年なのである。
細かい気持ちはどうあれ、強制的に様々なものが一気にリセットされるのがこの元旦なのだ。
2020年は2011年と同じ暗いか、またはそれ以上に心に刻まれる年になるのだろうけれど果たして2021年はどうだろうか。少なくとも個人的には「↗︎」な一年にしていきたいし、していくように動くつもりである。
まずは新年の目標としてこの記事にメモをしておいて、半年後と年末に見直したいと思うのだ。
【2021年の目標】
・仕事を始める
なにはともあれまずはこれである。気持ち的にはかなり復活したと思うのであとは医師判断だけである。まずは週2〜3日の非デスクワーク職を探してみるつもりである。
それから趣味としてやっている映像系の活動については、副業1とするべく収入ラインにのせる。
ここには詳しく書かないが副業2についても2月から赤字額の回収をはじめたい。
以上の内容の達成のために、医師の就業可能判断が出た折には個人事業の開業届を出し、今回は青色申告にも挑戦したい。
・旅行に行く
コロナ禍ではあるが、ネガティブな気持ちを吹っ切るためにも四国遍路に行きたい。本当は歩き遍路をしたいところだが、40日近くも家を留守するわけにもいかないので自動車遍路になるのだろうと思っている。あまりがんばらずに10-12日程度の日程を2回の区切り打ちとしたらどうかと考えている。
また四国への移動途中では、2020年に会えなかった知人たちに、すこし遠回りしてでも会いたい。
この旅行の実現にはすくなくともいまのコロナ第三波(昨日都内1300人超)を乗り越えていることが条件になるだろう。
・船の整備&長距離向け整備
2020年はほとんどまともに乗れなかったP号の整備をする。細かい整備メニューは別記事にするとして、2022年春に本州一周ができる装備としたい。出発にはもちろん諸般の条件が整わなければ難しいが、手段としてP号の整備は必須なのである。
P号についてはブログでも詳しく書いていないが、長距離クルーズには全く向かないレジャー艇なのであるが、それくらい困難なほうがさらに長距離を念頭に置いた練習になると考えられるのだ。
以上、つらつらと書いてしまったが、前向き一本調子で文章を書けるのは元旦の特権である。今年は元気に行きたいものである。
ローコスト考 ― 2021/01/03
新年のブログ記事ではえらそうに今年の目標などを掲げてしまったが、今日の社会では新しいことを始めるにはつねに金子(きんす)が必要になるのである。
しかしこのご時世、以前の自分が目指していたように高年収の維持や、転職によるさらなる年収UPは非現実的に思えるのである。そこで可処分所得を増やすために考えるのが「支出の低減」である。
自分は東京23区内に住んでいて住居費はかなり高い部類になるのではないかと思うのだが、23区内に住んでいることで生活費が安くなることもあり、工夫によってはかなりローコストもいけるのではないかと想像しているのだ。
以前、余っている部屋を利用してホームステイを受け入れたこともあり、これはかなり収入として助かったのだが、それ以上に「他人と暮らす」ことの精神的負担が大きかったので今は考えていないが、昨年からローンの支払い方を見直して月々の支払いを圧縮したのは大きかったように思う(トータル支払額は変わらないのだが)。
その他、ローコスト施策として野菜の栽培をはじめたが、これは初期投資を全く回収できていないのが痛い。
都会の夏は家庭菜園には暑すぎるようだし、冬は寒くて普通に育たないのだ。
例によってまったくまとまりのない記事だが、金持ち父さんが言うところの「お金に働いてもらう」を2021年はすこしずつ実践していこう(と宣言)。
パワハラの件 ― 2021/01/06
どこかの記事でも書いたような気がするのだが、今回このように長期の療養をしている原因はパラハラなのである。
言い方によっては直接の原因は自分のうつ病であり、パワハラはそのきっかけに過ぎないのかもしれないのではあるが、パワハラがなければ発症しなかった可能性は高いわけで、自分としてはパワハラを原因としたいのである。回りくどいな。
しかし、これだけ世間が各種のハラスメントに敏感になっているのに大企業でパワハラがあるのかと思われるかもしれないが[誰が?]、たぶん表立って組織が関与するパワハラについてはかなり減っているのではないかと個人的には思うのである。では何が残っているのか、それは個人によるパワハラなのである。
クラッシャー上司という言葉があり、自分の直属の上司がまさにそれであった。
その上司はものすごく仕事ができるのであり、それこそ人の2倍も3倍も結果を出しているし、知識や勉強量も半端ではないのだ。ただし、仕事ができる人間が必ずしも人間として優れているかといえば否である。
その上司から自分が何をされたかをここで述べるにはまだ心が落ち着いていないのだが、Wikipediaのクラッシャー上司の項に書かれていることに大体は合致しているということだけは間違いなく言えるのである。
この上司は現在の会社にはなくてはならない根幹の一部を握っているので、簡単にクビになることはないだろう。私が辞めた今、次に誰が標的になっているのだろうか。気の毒に思うばかりである。
自分が期待すること、人に期待すること ― 2021/01/06
自分が人生に期待することはなんだろうか。「自己実現」とか「夢を叶える」なんていう20代のバックパッカーじみた言葉を並べるのは簡単だが、40代ともなるとそんなことも言っていられないのである。
会社で働き始めて「自分はこんなに頑張っているのに評価されているのだろうか」ということを思うことがよくあった。しかしそれが自分の希望通りに報われることがないということに気づくのにはかなりの時間を要したのだ。
所詮会社というものは、誰かの都合でつくられたもので、いくら会社のトップが「社員の皆さんのために…」などという甘言を並べ立てたところで、トップや株主が最優先されるのは当然のことなのである。
それに気がついたのは今回辞めた大企業に転職する前の会社を辞める時であった(遅い)。
では結局どうすればいいのか、結論が出ているわけではないが、今の自分はこう考えている。
すくなくとも理系(工学系)の人間にとって会社は「利用するもの」と考えるべきで、「会社と対等な関係である」とか「会社の中で評価されたい」などと思って努力するのは多くの場合で徒労に終わる。
私に取って理系(工学系)であることの武器は、小さなお金を短期で生み出せることでしかないし、これは労働力の対価ほどにしかならない。
しかし労働力の対価として生み出されるお金は、当然のことながら労働力以上の対価を生み出せないわけで、今回の私のように働けなくなることがあると困窮してしまうのである。
そこで次のような自己パラダイムシフトを起こす必要が生じる。
「次のような」などと偉そうなことを言っているが「金持ち父さん」と同じことをすればよいのだ。自分が動かなくても収入につながる手段を少しずつ積み重ねることである。
「そんなこと当然だし、知っているよ」と思われるだろうが、ここでも理系(工学系)であることを活かさなければならないのだ。工学系の人間は各分野毎のエキスパートであるから、その分野においては文系人間とは一歩違った視点を持っているはずである。つまり「光学系の知識・見識」に「お金を働かせる」をミックスさせるということだ。
たとえば建築系を例にとれば、建築物を鑑定する眼をすでに持っているという観点で、一般の人が不動産投資を行うより有利な立場にいるのは自明である。しかし多くの人は踏み出さないのもまた事実なのだ。
このようにあくまで自分の力で働くようにすることが当面の「自己実現」なのであるが、そんなことばかり考えているといつのまにか「他人に期待しない自分」になっていることに気づいたのであった。これについてはまた別の記事で書いてみたい。
できる理由、できない理由 ― 2021/01/09
自分がうつ病になってから変わったことだが、「この人はなぜこのような言い方をするのだろう」ということを以前より気にするようになったのである。というより以前が気にしなさすぎたのかもしれないが。
そして最近気になるのが「できない理由を列挙する人」である。
何か大きな壁にぶつかったり、または新しいことを始めようとするときに困難が伴うことはけっこうあるものだが、それをどう対処するかは人それぞれだろう。そしてその選択肢によってその後の人生が変わってくるのである。
もちろん易きに流れるのがいけないわけでもないし、または常に困難な道を選んだりするのを良しとするわけでもないが、その際にわざわざネガティブな理由を列挙して、しかもそれを他人に伝えようとするのはどうなんだろうなと思うのである。
もちろん苦しい心境を吐露することにより楽になりたいのは分かるが、選択肢はその裏にポジティブな理由が隠れている場合もかなり多いと思うのである。
自分がそうなっていないか、常に注意していきたいなと。
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